2015年3月 4日 (水)

香椎バプテスト教会:聖地旅行・ケリテ川、テル、スコテ、テルデルアッラー、ギルアデ、ヤボクの谷、ワディティルザ、アンマン空港:聖書の旅-イエスの足跡 76

エリアとエリシャのバトンタッチの聖地へ
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ペラを後にしてヨルダン川に沿う道に戻る。
水路が整備されている。
かって預言者エリヤは「ヨルダン川の東にあるケリテ川の
ほとりに身を隠した」 Ⅰ列王17:3,5
ケリテとは”絶ち切られたワディ”即ち「峡谷」を意味する。



_0022_800x474深い谷に囲まれ水ゆたかなペラのあたりにエリヤは、
主のお言葉に従い行って住んだのではなかろうか。
それから数百年後、エルサレムのクリスチャンたちも
主のお言葉に従ってここに避難したのであった。




_0023_800x527更に南下する。
ヨルダン川の流れの谷が中景に。
手前はきんぽうげ?のような黄色の花と麦畑。
遠景はイスラエルの畑とサマリアの山並。
平和な風景である。




_0024_800x527更に南下していくと道路の突き当りにテルが見えてきた。
スコテ(小屋の意)である。祖父ヤコブがハランからの帰途
ヤボクの渡しで神と相撲を取り「私を祝福してください」と
懇願した。





_0025_800x558その翌朝、ヤコブは兄エサウと会い「私はあなたの顔を
、神の御顔を見るように見ています」と言った(ペヌ・エル)
それから、ヤコブはスコテに移って行き、そこに自分のため
に家を建て家畜の為に小屋を作った。
それ故、その所の名はスコテ(小屋)と呼ばれた。
創世記 32~33章



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テルデルアッラー、ヤコブとエサウの兄弟が和解した
所である。
骨肉の争いが多い中で、この兄弟は過去の事は水に
流し、兄弟愛を優先した。
”神はその怒りを示し、その力を知らせようと望まれたが、
滅ぼされて当然の怒りの的である器を、大いなる寛容を
もって忍耐して下さったとしたら、どうでしょうか。
ローマ 9:22

016_800x600ヤコブとエサウの物語は本来の人間の在り方を強く示す
ものである。
私達は何時までも怒りに執着してはならない。
「我らに罪をおかす者を我らが許すごとく、我らの罪を
ゆるしたまえ」
この寛容と忍耐の精神が、現在の社会で最も重要であり、
欠けている点である。
ちなみに私が属しているライオンズクラブは、この寛容と
忍耐がモットーである。

017_800x600バプテスト教会の森山師もローマ書連講の中で
この「寛容と忍耐」について述べられている。

多くの聖地を訪ね歩く事が出来た事、そして聖書の御言葉
を聖地旅行で訪れた遺跡ごとに、バプテスト教会、
森山師が紐解き解説された事、この恵まれた聖地旅行
を与えられ、信仰を持つ者として、これほどの祝福はない
と思う。


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この遺跡を見学するとビザンチン時代(500~1,000)の
陶器の欠片が沢山散らばっている。
まだ本格的な調査が行われていないのだろうか。。






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_0027_800x536スコテの遺丘よりギルアデの山々(ルベン族の地)を望む。
豊かな緑はギルアデの山地から流れ下るヤボク川の
賜物である。
ギルアデの山地は水が豊かで、森林や谷や川に挟まれた
わずかな農耕地に葡萄やオリーブが良く育つ。
丘の斜面は牧草が繁茂する良い放牧地である。
民数 32:1 雅歌 4:1、6:5


_0001_800x530又、ギルアデの山地には香木が栽培され、有名な
ギルアデの乳香」となった。
エレミヤ8:22 46:1、創世記37:25。
ギルアデの産物はすべてギルアデの山地の賜物と
いえよう。




_0002_800x533ギルアデの山地(海抜600m前後)のさらに東、アモ二の
高地(1,000m前後)より200kmの長さで流れ、ヨルダン川
に注ぐのがヤボク川である。
この川の谷はメソポタニアとエジプトを結ぶ王の道より
岐かれ、シケム、エルサレムに至る要路であった。




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イスラエルの気候は、日本の四季とほぼ同じ、だだし
雨期と乾期に別れ、雨期は 11月~4月、乾期は5月~
10月。
エルサレムなどの高地では、日中と夜の温度差が大きい。





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アブラハムもダマスカスでエリエゼルを思いそしてこの
ヤボクの谷を通ってヨルダンを渡り、ワディ・ティルザを
上りシケムに至ったと思われる。
創世記 12:5~9





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また、ヤコブはベエル・シェバにいる時、父イサクの目が
見えなくなったのをよい事に、兄エサウの長子の権を
騙し取り、祖父と母の故郷ハランに逃げた。
その時もべテルシケム、そしてこのヤボクの谷を通った
事だろう。
そして20年後ぐらいの帰途も通ったのである。


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冬の大雨は既に通り過ぎ、春の雨も殆ど降らなくなった
ヤボク川は、その水量は小川になり流れと言うより所々
に浅く溜まっている状態である。
そこに右岸(左手)より黒山羊の群れが走り下って来て
水を飲み始めた。
聖書の場面を見ているようであった。


_0032_800x531その後、左岸(右手)より白い羊の群れが下ってきた。
羊飼いたちは、この時季どこに行けば、まだ水が残って
いるか知っているのだろう。
こうした光景を見ると確かにギルアデの山地は「家畜に
適した場所」(民数記 32:1)である。
山崎さんは望遠で見事に写し取っておられた。
プリンスモハマドブリッジに向かう。


_0033_800x526スコテ、ヤボクの流れを後にして再び南下していると
(イエスの)バプテスマを受けられた所の標識があった。
この所には現在教会が建っている。
「サリムに近いアイノン」(ヨハネ3:23)であろう。
以前ガイド(バプテスト教会、森山師の旧知の方)
よりヨルダン政府がここを整備していると聞いた。


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そのサリムに近いアイノン、
Kafreinへの分岐道の標識。
今回は時間がなく(アンマン
空港へ急ぐため)見に行け
なかった。



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ヨルダン川沿いから離れて東ギルアデ、アモンの山地へと
上って行く。

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山地も 1,000m位の所に
来る。






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アンマンの郊外に入る。







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アンマン空港にて、カタール・ドーハに向けての通関
手続きを終らせ、わが祖国、日本に帰国するため
長い待ち時間を過ごす。

空港内の Duty Freeショップでお土産などを購入。
アニー ロツェー エット ゼ   カマ ゼ オレ?
ヤカル ミダイ   イェシュ ヨテル ゾル?
アニー ロツェ リシュロアフ レヤパン

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疲れながらも、楽しかった事など思い出を共有する。
はや、次の聖地旅行の希望など華やか。

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レヒトラオット
トダ ラバ
リブリウート






032_800x577解散式 バプテスト教会・森山師のお祈り

主よ、ここまで守り導き下さり心より感謝します。
これからそれぞれの地に分かれてまいりますが、どうか
最後までこの生活を守り続けてください。
キリストによってつながれし、この13日間の交わりを
感謝しつつ、この友情もあなたが育んでください。
全ての恵みと全ての導き守りとを感謝し、これからの
歩みをあなたの御手にゆだね、主イエスの御名を
通してお祈りいたします。

点描
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1.聖書の旅-パウロの足跡はギリシャからトルコ
2.聖書の旅-イエスの足跡はエジプト、シナイ半島、
  ヨルダン、イスラエル
を聖地旅行をし、聖書の旧約と新約の個所と場面を、
この目で実証し学んだ。
信仰を持つ者として、主イエス・キリストの苦難と救い
His story)Historyを、これからの信仰の糧としたい。


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なお、この記事はメモにより作成したが、記載漏れや、
度忘れが多く、写真だけでは説明がつかず、バプテスト教会・森山師に助けを求め、師の記録簿より、殆どを
提供して頂いた。深く感謝を申し上げたい。


バプテスト教会、森山師は、度々、中東に旅され、
若い頃はイスラエル留学もされ、聖書研究に励まれた。
師の説教は、これを基に詳しく聖書を紐解かれる。
聖書を本格的に学ぶ意思のある方は、是非、日曜礼拝に
お見え頂ければ、沢山の得る物を得て頂けると確信する。

これを持って私の聖書の旅は一旦終了する。又の機会に聖地旅行の未公開の写真を再度記し再編集出来る事を、願い、主に強く祈る。
76回のブログは、これで終わるが写真が圧縮されて居り、少し間を置いて、元の原寸大の写真を編集して、映像化してBDでお見せできるように作成したいと思っている。
より鮮明な画像を提供できるよう作業に入りたい。主よ導きください。感謝

2015年3月 3日 (火)

香椎バプテスト教会:聖地旅行・ヨルダン、ペラ(デカポリス)、聖書の旅-イエスの足跡 75

朝早くホテルをたちヨルダンへ向かう。
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Jordan River Hotel
朝のガリラヤ湖、主の足跡を思い浮かべ、自分の心を
通して、このバプテスト教会に関わる方々との
充実した聖書の旅を感謝し、イエス・キリストに祈りを
捧げた。

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夜明けのガリラヤ湖








003_800x575am5:00コレクトコール


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am6:15出発








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本日はイスラエルからヨルダンに入国しアンマン国際空港
へ向かう。
予定では午後3時半発のカタール航空でドーハに出発。

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イスラエルの最北の検問所
シェーク・フセイン検問所を
通過し「都の上りの道」を
目指す。
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テイベリアのホテルから湖岸に沿って南下する。
霧がかかり雲が低く少し暗い朝であった。
ガリラヤ湖にも陽光は無く、向う岸も空もぼんやりと
している。

_0012_800x513更に進むとようやく雲の
切れ間から明るい空が見えた。
太陽は既にゴラン高原の
_0013_800x527上に昇っているのだ。
雨季、春の雨の残る季節の
風景である。


ゴラン高原・バシャンの野より下りてくる朝の陽光、天使の梯子。
ヤコブは天からの梯子を夢に見た次の日であろうか、
こうした山々は越えて遥かなハランの地へと急いだので
ある。
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ガリラヤ湖の最南端に来た。
何時しか糸杉と麦畑に
_0015_800x525代ってナツメヤシの畑が
広がっている。
陽光の傾きの変化は雲の
移り薄れてきている事を
示している。
更に雲は移り高くなり切れ間が多くなる。
ヨルダン川が造った低地、ヨルダンの谷が右手南へと
広がって行く。
そうした畑にコウノトリがいた。
一夜をこの地で過ごしたのであろう、朝を迎え餌場に
行こうとするのか、それともヨルダンの谷の上昇気流に
乗って高く上がり、シリアへ、さらにトルコ、黒海、

_0016_800x520ヨーロッパへと飛翔していこうとしているのか。
思わぬところえの コウノトリ との出会いに感動を覚える。

検問所到着後、やっと朝の弁当を食す。生野菜が入って
いたが、水処理がなされ、これは敬遠する。
ここでヨルダン側のバスに乗り換える。
検問所で抜き打ちの荷物検査、私の荷物が指定される。
無事通過。

_0017_800x538<ヨルダン>
ガリラヤからフセインブリッジで国境を越えヨルダンに入る。

ガリラヤの南、約100Km、ヨルダン川から東へ数キロの
所に ペラ はある。 デカポリスの一つである。
ペラの名称はアレクサンドロス大王の生地ペラに因んで
附けられたものである。
_0018_800x536ペラの遺跡の発掘は未だ
十分ではない。
ギレアデの山並の裾野に
あるここは緑豊かである。
水が十分あり、ヨルダン
低地より少し離れたここは
安全で住みやすい地で
あったろう。

_0019_800x527かってエルサレムのクリスチャンたちは第一次ユダヤ戦
争(66~70年)を前にして、主イエスの言葉(ルカ21:20、21)
によって、エルサレムを離れ、ここペラに避難した。
そして戦後再びエルサレムに戻った。
そこはエルサレムのシオンの丘であったと聞いた。

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ペラからヨルダン低地と
彼方のサマリヤの山並を
望む。
ペラの位置と深い谷に囲ま
れた安全な場所であること
がわかる。


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大勢の観光客が見学しているのを高台から見る。

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急ぎ足で見学しペラを後にする。

2015年2月27日 (金)

香椎バプテスト教会:香椎バプテスト教会:聖地旅行・テルダン、ダンの遺跡、フーレ盆地:聖書の旅-イエスの足跡 74

滝からダンの遺跡(テル・ダン)に向かう。
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この標識に従ってバスは左折し、すぐにダンに着くが、
この日は安息日?で門は閉じられていた。
又時間の迫ったいた為、遺跡を巡る道をまわる事にした。
ハツォールの遺跡
紀元前13世紀ヨシュアがハツォール(ハゾル)の王
ヤビンを破り、イスラエル民族の領土とした。


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ペリシテ人の土地を受けたダン族は安住の地を探し求め、
この所に来て定住した。
その時ここはライシと呼ばれシドン人が住んでいた。
士師記18:7
樹々が繁り、その根元、写真の様に石の間からは広く
大量に水が湧き出ていた。


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ダン族は、この地を奪い取りここに移り住んだ。
ソロモン王の時代、北部で最大の要塞都市、商業都市と
して繁栄した。
Ⅰ列王9:15
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やがてイスラエルの領土は
「ダンからベエルシェバまで」と記されるようになった
Ⅱサムエル3:10
そしてこの豊かな地に、ヤロ
ブアムは金の子牛像を祀っ
た。Ⅰ列王記12:2~29

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ダン族はペリシテとの戦いを避けてここを最高の地として
住み付いたが神の意は違った。
やがて時が移り、イスラエルの最北部に位置するこのダン
はアッシリアにより最も早く侵略され滅びる事となった。

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彼らの選択は正しかった
のだろうか。
Ⅱ列王記15:29





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ダンを後にしてガリラヤ湖へと戻る。
前に見た大きな樫が再び見えた。





 

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更に南下する。フーレ盆地である。
今は灌漑が進み広い農耕地が広がる。
西に傾いた太陽に照らされて豊かな赤土が美しい。
遠くの山々はゴラン高原・シリアである。

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フーレ湖は鳥たちのサンクチュアリになっている。
キブツ鳥観測所がある。






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ヨルダン川の3源流(バニアス、ダン、ハスベス)からの
3つの流れが合流して、上ヨルダン川となりフーレ湖に
流入している。この湖は浅い。その下にはロシュピナ
岩盤があり、一帯は沼沢地となっていた。
がイスラエルはここを干拓し肥沃な農耕地に変えた。
又、長さ6Kmの湖も2Kmに小さくされた。
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又ここは水が豊かなため
魚の養殖が盛んである。
この養殖魚を狙って、ヨーロ
ッパ、アフリカを渡る
コウノトリなどが栄養補給、
体力増強のために、舞い
降りるのである。

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こうしたコウノトリを銃で撃ったり捕獲する事は禁じられて
いる。
イスラエル政府は養殖業者の大声で追っ払う事だけを
許可しているという。
南北を結ぶ唯一の隘路、そこは世界帝国が襲来しただけ
でなく、鳥たちの空の道でもあるのです。

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この翌日な朝、私達は下ヨ
ルダン川沿いの野でコウノ
トリを見た。また昼にも
ガリラヤ湖上空高く弧を描
いて上昇する姿を見て感激
した。


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ホテルに向かう。

2015年2月 2日 (月)

香椎バプテスト教会:聖地旅行・バニアス国定公園:聖書の旅-イエスの足跡 73

今回はピリポカイザリアへは行かず、そのすぐ下流のバニアスの大滝を訪れる事にする。
ピリポカイザリアは多くの方々が二度三度既に行っていたからである。

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滝上にある駐車場にバスが留まる。
そこより歩いて下る。
そのとちゅうの草原には小さな色艶やかな草花が
沢山咲き誇っている。
花の季節がやってきていた。



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聖地旅行の案内に”主イエスはガリラヤの丘で、美しく
咲き乱れる野の花を見ながら人々に語りかけられました。
その時と同じ春の季節に聖地の野山を彩るアネモネや
シクラメンをめでつつ、主のみ声を聞きたいと思います。“
「ほら冬は過ぎ去り、大雨も通り過ぎて行った。
地には花が咲き乱れ、歌の季節がやって来た。
山鳩の声が私たちの国に聞こえる」 雅歌2:11~12と
記した。
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夏は草など一本も生えないように思われる所にも、
細く、低いがちゃんと草が生え、小さなしかし可憐な
花をつけていた。
まさしく”砂漠に花咲き“(イザヤ35:1)を実感した。




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中央の頂上に建物がある山がヘルモン山、右側が
ゴラン(コラジンの野原)1967年6月10日以後イスラエルが
管理している。そして左側がニムロデである。
ヘルモン山とは、レバノン、シリア、イスラエルの3国に
またがるアンチ・レバノン山脈の南部にある峰々をさす。
最高峰は2814m。聖なる捧げ物の意。
イエス・キリストが高い山に登って、ペテロ、ヤコブ、ヨハネ
の前で光り輝く姿に変わられたのはここと言われる。
(マタイ17:3)
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バニアス国定公園からの風景








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158_800x600眼下中央に道が見える。遠足の子供たちがこちらに向かっ
て歩いてくる。前後に保護者であろうか随行者が居り
手には銃を携帯していた。厳しい現況を垣間見る。







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下って行く途中からバニアスの大滝の響きが振動と
共に聞こえてくる。
これこそ「あなたの大滝のとどろきに、淵が淵を呼び
起こし、あなたの波、あなたの大波は、みな私の上を
越えて行きました。」(詩篇42:7)と詠われたとえられた
大滝の響きである。



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その大滝のすぐ下流は大きな岩が重なる急流である。
少し薄暗い中でのこの白く流れ下る水は一際清冽な
感じがする。





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バニアス/ピリポ・カイザリアは旧約聖書では
「バアル・ヘルモン」(士師3:3)「バアル・ガド」(ヨシュア
11:17)と呼ばれていた。
ギリシャ時代にはパネアス(現在のバニアス⇔アラブ人
は”パ“の発音が出来ずバ行の発音になる。他に
ネア・ポリス⇒ネア・ボリス⇒ナブルス/牧羊神パンの
聖所がここにあった)。パピル⇔バベル

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前20年ヘロデ大王は皇帝アウグストウスよりこの地を
得、皇帝の像を安置した神殿を建立した。
その子ヘロデ・ピリポがこの町を拡張し町の名をピリポ・
カイザリアとし、父の建てた海辺のカイザリアと区別した。
詩篇42篇の詩人はかつては都エルサレムにあつて人々と
共に喜びと感謝の声をあげて神の家で祭りを祝っていま
した。しかし何故にか今は遠く「ヨルダンとヘルモンの地」
にある。
163_800x600人々からは「お前の神はどこにいるのか」と嘲笑され彼は
疲れはて「鹿が谷側の流れを慕い喘ぐように」神を慕い
あえいでいます。思い起こしています。
ヘルモン(聖なる山の意)の南麓より湧き出で流れ下る
ヨルダンの川とバニアスの滝も苦しみの中にある詩人
には”激流のとどろきに聞こえ深淵の映り砕け散る水は
彼を呑むかのように思えたのでした。

ヤル ダン(ヨルダン)ダンから来る。ダン族

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遠足に来ている生徒たち。








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イエス・キリストが伝道生涯の後半、迫害を逃れ、群衆の
歓呼を避けて愛弟子達だけを伴って、遠く旅したのが
ピリポ・カイザリヤの山懐である。十字架の運命を目前に
したイエスは、弟子の教育場としてこの地で数々の奥義を
語られた。「汝らは我を誰と言うか」との問いに、ペテロが
「汝こそはキリスト、生ける神の子なり」との重大な告白を
したのが、この時である。碑文が刻まれている岸壁の上方
には、ドゥルーズ教徒による預言者エリアの墓がある。

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記念写真








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 師に感謝。








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夫婦で記念写真








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鞍崎さんの記念写真








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同年代と思われたか?生徒は中学生。








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詩人は自分の内に語ります。「わが魂よ、なぜお前は
絶望しているのか。なぜ思い乱れているのか、神を
待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い。
私の神を」と。
流れ落ちる大量の水で淵淵が呼び交わし轟わたる滝壺
近くからこの台地に戻ってくると、そこには春の光を浴びた
草花が咲き乱れていた。

_0032_800x536その中で一人のイスラム教徒の生徒が(ユダヤ教徒の
学友の只中で)メッカの方を向いて祈っていた。
緊張した様子でもなく、又、級友たちも特別視していない
ように見受けられた。
彼らにとっては(一般的に多神教の)日本人の我々の方が
変に映っていたのかもしれない。



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それぞれの方角に案内板が据えられている。








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再度、ヨルダンに向かう。

2015年1月22日 (木)

香椎バプテスト教会:聖地旅行・ヨルダン川、ピリポカイザリア、ダン:聖書の旅-イエスの足跡 72

バスは北上を続ける。             

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川に架けられた木の橋をバスはゆっくりと渡る。








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曲がりくねって再度トラスの鉄橋を渡る








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そして、上ヨルダン川を渡る鉄橋にかかった。







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上ヨルダン川の豊かな水をたたえ流れ下る川と岸辺に
緑豊に繁茂する樹々がガリラヤの春をうたっている。






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再び上ヨルダン側のゴラン高原側をバスは進む。
本当に美しい平和な景色である。
そういえばパウロはこうした景色を見ながらも
息をはずませ怒りに満ちた眼差しで、こうした坂を
登り、ダマスコへと急いだのだろうか。




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レバノンより数キロにダンがある。
士師記 18:7でライシと呼ばれていた。
ダン族がペリシテに追われこの地に定着「ダン」(審判)
と名付けられる。
その後、イスラエルの領土の定義に「ダンからベエル・
シェバまで」(サムエル記下 3:10)と記されイスラエルの
北境になる。

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ここは、かって北イスラエル王国のヤラベアム王時代
(DC10末)金の子牛像が安置された祭壇の跡もある。
列王上 12:2~29






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あるいは夏、全てが枯れて茶色になった野を見ながら
行ったのだろうか。
イエスの譬えとパウロの例えは片田舎のナザレと
”れっきとした町タルソ”に育った二人のちがいを
よく示している。

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畑の紫色は桃の花?
黄色は菜種の花
フーレ盆地は豊かな土地で、ユーカリの木が道の側に
植えられ敵から隠れるために使われた。
キブツ農場があり、イスラエルの牛は世界一乳を出す。
二番目はアメリカの牛との事。

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再び上ヨルダンを横切る。
この橋には高い鉄のトラスは無い。
橋の側面上部より川の上流が広く眺められた。
この辺りは川幅がさらにせまくなっている。




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川面は空を映し辺りは草花が咲き競い小鳥の声まで
聞こえてきそうな景色である。
”やわらかに柳責める北岸の岸辺目に見ゆ、
泣けとごとくに”とは違うガリラヤの春の趣きである。




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ゴラン高原とアンティレバノン山脈の南端の山々
(レバノン領)の間の盆地が如何に豊かな土地で
あるかが分かる。
しかしここは国境(山の尾根)まで数キロしかない
狭いとちである。



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両脇から山が迫り前方にも山(ヘルモン山系)が
立ちはだかる所にやってきた。
その様な畑地に樫の木が一本立っていた。
日本ならさしずめ”一本杉””一本松”と呼ばれる
景色である。


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ヘルモン山系がさらに近く迫るころ(多分ホルシャツト・
タル国定公園への)道路標識があった。
樫の木の古木が多くある公園である。





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バスはさらに北上する。
ヘルモン山系は雪に覆われているが、その麓が
大手を広げて待ってくれているようである。
しかし、この先数Kmはシリア、レバノン、イスラエルの
国境地帯。
緊張する国際情勢の現場でもある。


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突然畑・道路際に樫の木の大木が現れた。
下の枝は伐られている。
樫は幹の下より枝がはり高さと広さ(幅)のある木である。
アブシャロムの死はこの木の特徴を知らなければ
わからない。 
Ⅱサムエル 18:9


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いよいよピリポカイザリア地方に来た。
ハナスオウの木が美しい。山裾に立つ若い樹木は
植林された樫であろう。
かってカルメル山系他に繁っていた樫はトルコ支配
時代、汽車の燃料としてほとんど伐採されてしまった
のである。


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ガイドがガリラヤ湖に流れ入る上ヨルダン川の三つの
源流を説明している。
レバノン山脈に降った雪がその南麓で湧き出し
源流となる。
ヘルモン山は最高峰の標高2814m.。
ヘルモンとはヘブライ語で”聖なる捧げ物”の意。
一年の2/3は雪に覆われ地中深く浸透する。
詩篇133:3

イエス・キリストが高い山に登って、ペテロ、ヤコブ、
ヨハネの前で光り輝く姿に変わられたのは、この
ヘルモン山であろうと言われている。
マタイ 17:3.






間もなくバニアス国定公園

2015年1月17日 (土)

香椎バプテスト教会:聖地旅行・ピリポカイザリア、ゴラン高原:聖書の旅-イエスの足跡 71

ピリポカイザリアへ

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エン・ゲヴでの昼食を終え、バスでピリポカイザリアを
めざして北上するとすぐにガリラヤ湖に山が落ち込む
ような所に至る
汚れた霊が入り込んだ豚の群れが湖になだれ落ちた
と言われる所である(クルスイ)
マルコ 5:1~20


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湖の東岸沿いにさらに北上すると右方は”ゴラン高原
南麓”の表示があった。
ゴラン高原はガリラヤ地方を眼下に見下ろせる標高
150~900mの高原であり、隣国はシリア、そして首都
ダマスカスである。



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湖東岸の道が西からの道と合流する辺り、即ち上ヨル
ダン川が湖に注ぎこむ辺りにベツサイダの町があった。
ペテロ、アンデレ、ピリポはこのベツサイダ(漁師の家
の意)の出身であった。
ヨハネ 1:44、12:21



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又、ここでイエスは人々に連れて来られた一人の盲人
を癒された。 マルコ 8:22~26
それからイエスは弟子たちを連れてピリポカイザリア
地方へ向かわれた。 マルコ 8:27




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この辺りが上ヨルダン川が湖に流れ入る河口で湿地
帯である事が少し分かる。
この河口湿地帯はガリラヤ湖に棲む大鯰の産卵地で
ある。
この大鯰が霞ヶ浦で養殖されている。



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湖の北岸にあったベツサイダはヘロデ大王の領地の
4分邦領の一つであり、その子ピリポに与えられた町
(テラコニテ地方)の一つである。
ピリポはこの町を再建し皇帝アウグストゥスの娘ユリ
アスの名に因んで、ベツサイダ・ユリアスと呼んだ。
その遺丘と思われる所を車窓から撮影。


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ベツサイダの東にはゴラン高原が続いている。
イスラエルとシリアも現在も戦争状態にあり、ゴラン
高原は両国の緩衝地帯として国連の監視下にある。





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国連の平和維持軍(PKO)に日本の自衛隊も参加
していた。
ハイファの港に物品を陸揚げしネトファの谷の道路
を通りガリラヤに到りゴラン高原の基地に運び込んで
いた。



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ゴラン高原は今は様々な花の咲き乱れる草原となり
鹿などの飛び回る動物の楽園となっている。






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しかし、道路の側帯には黄色の幅広いテープが張られ
”地雷地帯/危険”とあり立入禁止の警告がされている。
花園と動物の楽園は人間が地雷を埋設し、人間が
自らを閉め出した結果による。

逆に考えるとかっての豊かな自然を破壊したのは人間
であり、その人間がいなくなった時、自然は本来の姿

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に戻ったのである。美しいゴラン高原を見ていると
人間の自己中心的な傲慢な面を写しているようにも
思えた。





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地雷は戦争が終っても、そこに住む人々に長い間に
わたり危害をもたらす。
特に耕作する農民や家畜を飼う牧人や遊び戯れる
子供達が地雷を踏み兄弟を失う。
今や非人道的武器として禁止されその条約に入って
いる国も多い。


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ゴラン高原はイスラエルにとっては主要水源地で、
ここから湧く水が、ガリラヤ湖に流れ、全イスラエルを
潤す。






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コラジンの野原、水溜の池






ピリポ・カイザリア、バニアス国定公園に向かう。


2014年1月20日 (月)

香椎バプテスト教会:聖地旅行・ピーターフイッシュ、銀貨、湖畔レストラン、皆既日食:聖書の旅-イエスの足跡70

ジーザズボートでのガリラヤ湖遊覧を終え、湖畔のレストランにてランチ。
新約聖書では魚について25回言及している。イエス様も食されたセント・ピーター・フィッシュ(ペテロの魚)を食べるのが、この旅の一つの目的である。

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船着場からレストランへ

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上空を仰ぐと何時の間にか太陽は雲に覆われている。急に夕方になったような。
「夕方になって、イエスは弟子たちに、『さあ、向こう岸に渡ろう。』と言われた。(マルコ4:35)を思った。

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上空は嵐を呼ぶかのように黒雲が激しく動く。
風も強さを増す。岸近く波も少し高くなる。

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上空の雲は上昇気流により、さらに動きを速くする。ボート部時代、遠漕で春の嵐にあい、少しく恐怖を覚えた事を思い出す。
すると激しい突風が起こり…、イエスが風を叱りつけると、風は止み、大凪になった。…こうして彼らは向こう岸についた(マルコ4:35~5:1)

_0029_800x528 黒雲の動きに、何か不安を覚えたのは私だけだったのだろうか。そして上陸してレストランの客の言葉で思い出した。
今日はエジプトでは皆既日食の日。そこよりそう遠く離れていないガリラヤ。多分70~80%の蝕だったろうか。

136_800x600 日本にいる時新聞でその事を読んでいたのに。そういえば10年ほど前シナイ山でヘールポップ彗星を見た。日本で見るより鮮やかで美しかった。今回も日蝕という大天体ショーを見せて頂いた。アヤロンの谷の宇宙大の神の業を思う。





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イエス・キリストも食したガリラヤ湖のピーターフィッシュ。
ガリラヤ湖には、20種類の魚類が生息するが、中でも有名なのはピーターフィッシュ(ペテロの魚)である。黒スズメダイの一種で、父親の魚は口の中で稚魚を孵化させる特徴があり、稚魚が再び口の中に帰ってこない様に湖底の小石を口の中に含む事もあるという。



139_800x600新鮮なピーターフィッシュを油で揚げて料理してくれる。ガリラヤ湖を眺めながら食べれるのはうれしい。
聖書では、ペテロが釣った魚の口に銀貨が入っていた。これも魚の習性から来たものであろう(マタイ17:27)

それでも、彼らは、うれしさのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物がありますか。」と言われた。それで、焼いた魚を一切れ差し上げると、イエスは、彼らの前で、それを取って召し上がった。
(ルカ24:41~43)
十字架に掛かり三日目に身体をもって復活されたイエス様。肉体をもって復活されたイエス様が、バリバリと魚を食べられた事が、ルカ24章にリアルに描かれています。イエス様が幽霊みたいな霊体ではなく、幻覚でもなく、実際に十字架に掛かり死なれたけれども、死とサタンの力を打ち破って、三日目に身体を持ってよみがえられたことを証明するものです。ペテロの前で焼き魚を食べられたのです。

2014年1月18日 (土)

香椎バプテスト教会:聖地旅行・八角堂教会、ギノサレ、ガリラヤ湖遊覧2:聖書の旅-イエスの足跡69

ガリラヤ湖迄公開したが、バプテスト教会・森山師より追加資料が頂けたのでガリラヤ湖②として編集する。師の記事をそのまま忠実に列記する。

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八角堂教会(下)
上部はこの教会堂を覆う建物。その中心部の床は無く、そこより下の八角堂教会が見下ろせる。以前はこの覆いの建物が無かったので、今より良く昔日を偲べた。奥の方がガリラヤ湖。

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同上

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会堂を南西側より撮る。黒色の玄武岩の住居の中に建つ白い石灰岩のこの会堂は美しかったであろう。そこより少し離れた所にあったペテロの家の教会とはどんな関係にあったのであろうか。

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同上
前にあった会堂の俯瞰図と重ね合わせると、白い石灰岩のユダヤ教シナゴーグが甦ってくるようである。

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会堂円柱の柱頭と鴨居とそこに彫られた破風、植物図

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同上
鴨居の右側には4つの車輪を持った神殿のような形をした箱が彫刻されている。これは当時トラーの巻物を保管した可動式聖櫃と考えられている

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カペナウム遺跡入口付近の黄色のブーゲンビリア

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同上

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カペナウム遺跡の見学を後にして、駐車場に待つバスに向かう。後方赤紫の花は遺跡入口のブーゲンビリア。その小さい青い所は「イエスの町カペナウム」の表示

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カペナウムを後にしてギノサレ(ゲノサレ)に向かう途中。黄色の花は春菊

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同上
ギノサレの平野とアルベル山、遠景、台形の山はハッチンの峰。この平野はアルベルの谷で終り、その谷はネトファの谷へと続き、アッコに至る。

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同上

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同上

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ギノサレの湖岸近くにあるミモザ。大きな樹に一杯に見事に花を咲かせていた。

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同上
ミモザはアカシアのフランス語での名称。羽状複葉が普通で、この様に黄色小球形の花をつける。これは改良されたハナアカシア。

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ギノサレの港より村。後方の山脈はヘルモン山系。ガリラヤ湖畔のこうした風景を見ていると日本のどこかで見たような風景と思ったりする。

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同上
イスラエルは小さな国。しかしそこは変化に富んだ国土。例えば後方のヘルモン山は2800m余、ここガリラヤ湖は-200m、死海は-400m。ネゲブの砂漠地やヨルダン峡谷等々、他の国の人が来てもイスラエルのどこかで自分の国・故郷の風景を見出すという。

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ギノサレの港より西アルベル山とその谷を望む。春のガリラヤ湖周辺は美しく静かな佇まいに満ちている。
心安まる風景の中で主と交わる。

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同上
アルベルの谷を望む。湖に沿う海の道は、この谷を通り、エジプトへと向かう重要な国際通商路である。

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同上
その道はヒッチンの峰南麓タボル山麓を通り、モレの丘北麓そしてアフラ、メギドへと至る。
主イエスはナザレの丘からこの幹線道を往来する人々を見ておられたことだろう。

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ギノサレの港から船(ジーザズボート)に乗り、湖上へ。
ギノサレの村落とヘルモン山へと続く山並み。

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同上
やがて船を追ってカモメが飛んできた。パン屑を求めてである。しかしこの時にはその用意がなかった。残念!!
後方、ギノサレの平野の西端とアルベルの谷。

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同上
岸辺から大分離れたが、カモメはなおつぶらな瞳で船の回りを飛び交う。
”気の利かない旅人だなぁ…”と言っているかのように。

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湖上を進むうちに舳の方向にめざす。昼食の待つエンゲヴが見えてきた。全体に暗く空を反映して湖面も少し暗くなってきた。

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上空に雲が多くなり、風も出てきて、何時もは静かな湖に、白波が立つようになってきた。
山肌に当る光も弱々しい。

下船した昼食の為レストランに入る。

2014年1月10日 (金)

香椎バプテスト教会:聖地旅行・ガリラヤ湖遊覧:聖書の旅-イエスの足跡68

ガリラヤ湖
絵のように美しいガリラヤ湖、歴史的、宗教的にも、又現代においても重要な所である。
聖書では、キンネレテの海(民数34:11)、ゲネサレ湖(ルカ5:1)、テベリヤ湖(ヨハ6:1)など色々な名称で呼ばれている。大きさは南北21Km,東西12Km、面積170平方Kmで博多湾、霞ヶ浦とほぼ同じ、水深は50mある。山々に囲まれたすり鉢状の地形のせいか、時折、突風が吹くと、普段は静かな湖面も荒れ狂う嵐となる。(マタイ8:24)

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ガリラヤ湖を遊覧船に乗船し、2000年前、イエス・キリストの公生涯の舞台を思い描きながら、思いに耽る事にする。







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船着き場に向かう。








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遊覧
約1時間半の船上経験。







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森山師と巡礼者の皆さん




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主の祝福された彼が日本で待っています。








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カモメたちに餌を与える。実に人なっこい。



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聖書を隅々まで読みほどき、一つ一つ確信を深め、考え込まれる学者先生 !






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主よ、ジャンヌダルクのように進みます !







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カーモメ、カモメ…




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被写体は、後ろですよ…








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船上礼拝
イスラエル国歌が流れる



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129斎賀姉・ハーモニカと讃美
聖歌580番「主はガリラヤ湖の」
主はガリラヤ湖の 漁師に告げぬ
「網を捨ておきて  我に従え」
また主はつかれし よびとに告げぬ
「罪をふりすてて  我に従え」




130ガリラヤ湖(テベリヤ湖)は美しい淡水湖である。
イスラエルの国民の飲料水の1/3はガリラヤ湖から2/3は
井戸や雨水である。
復活したイエスがガリラヤで会うとの約束で弟子達は湖の畔で待つがなかなかお見えになられないのでペテロ達は漁に出る事にする。しかし魚は一匹も取れない。
闇の一番深い夜、夜明け前の一番孤独で恐ろしい時に、気が付くと岸辺が輝いている。イエスが「子供達よ」と呼びかけてくださる。(ヨハネ21:1~14)

131「舟の右側に網を下ろしなさい」
「主です」
ペテロは裸だったので、上着をまとって、湖に飛び込んだ。


132森山師
今、私達は地上の旅路を続けているが、信仰の子供として地上を旅しながら、天の故郷をしっかりと見上げながら歩みたいと思います。




133
コウノトリが上空を飛来。
アフリカ大陸からヨーロッパに向かっている。


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広瀬姉と筆者と家内







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舟を下りる。









下船してランチのためレストハウスへ。

2013年12月21日 (土)

香椎バプテスト教会:聖書の旅-イエスの足跡67 カナダ、バンクーバー

ガリラヤ地方の写真と記事を バプテスト教会の森山健也師 と打ち合わせ中であるが、少し時間が掛かりそうなので、一時休憩し、私が所属している福岡博多中ライオンズクラブがカナダ、バンクーバーバラードライオンズクラブと友好クラブの提携後、初めてバラードLCの周年記念式典に参加した、20年前の写真を記事に変えさせた頂きます。

ガリラヤ地方の記事は出来次第公開させて頂きます。

カナダ・バンクーバーバラードライオンズクラブ60周年記念式典(20年前)

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バンクーバーバラードLCの会員、L.桑原誠也・茂子ご夫妻(カナダに永住された日本人)
10歳の年齢差を越えて義兄弟の杯を交わし、今も親交が続いている。




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記念式典風景




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ハワイアンダンサーのフラダンス
ダンサーは全員大柄の方ばかりで圧倒されそうだった。



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福岡の中洲ではありません。
カナダの日本料理店、ちなみに日本酒は「剣菱」しか置いていませんでした。
久々の日本食、ぐっとくつろげた。













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カナダ・バンクーバーのゴルフ場・The Westwood Plateau Golf & Country Club
バラードLC関係の日本人の方々とのプレー。






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カナダバンフ―のゴルフ場・Banff Springs Golf Course
ここのゴルフ場はロケーションが雄大で、コースも自然林をそのまま使用しダイナミックである。
大型の鹿、エルクがコース内を行儀よくかっ歩しドライバーを打ち終わると、ドーッと集団で走り抜けた。



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